01

鬼ヶ島大洞窟伝説

暗闇の中、私は息を殺している。
封印が解かれるその時を、じっと待っていた。
「これ、しろは宛ての荷物か? 玄関に置いてあるでかいスーツケース」
闇の向こうから声がする。
「え、知らないよ」
「じゃぁなんなんだ……一体。……めちゃくちゃでかいな」
「あっちに別のスーツケースも置いてあるよ」
「そうだな。あっちはもう少し小さくて古いようだが……」
「なんか見たことある。確か羽依里の友達の女の子がひいてた……。って、大きい方のスーツケースの中から音が聞こえたよ」
「まさか犬猫でも入っているんじゃ。誰かが勝手に捨てていったのか?」
はやく、封印を解いて。はやく……
「役場の人間を呼んでくるか」
「そう、だね」
え。役場? 変におおごとにしないで、ちゃっと開けてほしいんだけど。
しょうがない。これ、特別なスーツケースだから中から閉めたり開けたりできるんだよね。
自ら飛び出るしかないでしょう。
じぃぃっと、私は中から封印のジッパーを開けていく。
「な、なに? 勝手に開こうとしてるよ。このスーツケース」
「させるか──」
私が飛び出ようとした刹那、恐ろしいほどの力がスーツケースを圧迫してきた。
「ふぎゃああああ」
私はたまらず声をだす。
「変な声がした……」
「今の声はウミネコか!? まさか中に鳥が?」
「誰がウミネコだよ。鴎だしっ」
必死に抗議する私。
「な、に。人が入っているだと??」
やっとスーツケースを押しつける圧力が消えた。
この隙を逃すまいと私は一気に飛び出した。手品の箱から飛び出す人みたいに。
「じゃーん! スーツケースから生まれた、スツ太郎!」
「……えと」
目の前ではしろはちゃんとそのおじーさん、小鳩さんが呆気にとられていた。
ふふふ、驚いたか。
「どういうこと?」
頭に?を浮かべるしろはちゃん。
「つまり、スーツケースを桃に見立てていてね。桃太郎ならぬ、スツ太郎なんて」
「……むむ」
おじーさんが難しい顔をしていた。
「顔怖いっ」
「ほっとけ」
「久島、さんだっけ。どうしたのこれ」
「うん。いつまでたっても開けてくれないから自分で出てきたんだよ。これ、中から開けられるスーツケースだから。すごいね、徳田クオリティー」
「じゃなくて。なんでスーツケースなんかに」
「さっき桃太郎って言ったでしょう。ヒントはそこにある」
「……分からない」
「しょうがない。教えてあげよう。じゃーん。これにしろはちゃんを誘いに来たのさ」
私は一枚のチラシを取り出ししろはちゃんに掲げて見せた。
「な、なに? 私を誘いに?」
「女木島? 鬼ヶ島大洞窟。キャンペーン企画……。これなに?」
「女木島の鬼ヶ島大洞窟でイベントをやっていてね。桃太郎認定バッジがもらえるんだって」
「そう、なんだ」
「それが欲しいし、洞窟もみたいっ。ということで、4人メンバーを集めてるところなんだよ」
「でもこれ、1人でも貰えるみたいだよ」
しろはちゃんの言う通り、バッジは桃太郎、雉、犬、猿の4種類あって1人一個選んで貰えるらしい。
「うん。そうなんだけど。コンプリートしようと思ったら、4人揃えて行く必要があるでしょ」
「ま、まぁ……。えと、羽依里とか誘ったらいいんじゃないの」
「なんかねー。今日はちょうど、蔵の整理が忙しいんだって。いつもぶらぶらしてるのにねぇ。ということで一緒にゴー」
「……」
無表情なしろはちゃん。
「ゴー」
「……」
しろはちゃんは動かない。
「ゴーゴー」
「えと……悪いけど。嫌……かな……」
目を伏せながらしろはちゃんはお断りをいれた。
「嫌ですか」
「うん。嫌」
そっかー……。嫌じゃ、しょうがないかな。うん。
一体さっきまでの前振りは何だったんだろう。
「嫌なことない!」
いきなりおじーさんの巨体が前に出てきた。
「な、なに。おじーちゃん」
「是非行きたまえっ。友達は大事にするものだぞ」
「そういうのじゃないし。1、2回しか会ってないし。友達とかじゃ……」
「マブダチマブダチ♪」
「そうとも。マブダチマブダチ♪」
私とおじーさん、手を取り合って意気投合する。これじゃぁ私とおじーさんがマブダチみたいだ。
「~~~」
しろはちゃんは何か言いたそうにしたけど、諦めたようにうなだれた。
「分かったよ。でも女木島ってどうやって行くんだっけ」
「高松に渡ってからそこから船かな」
一応調べたのだ。一応。
「うーん。今からちょうどよく船出てるかな」
「かまわん。わしが手配してやろう。知り合いの漁師に電話をしておいてやる。それでちょちょいだ」
「ありがとうございますっ。おじーさん」
「ちょうどお昼ご飯の準備にしようかなって思ってたんだけど……しょうがない」
しろはちゃんが台所に向かって何か準備をはじめた。
「何してるの?」
「ちょっとしたお弁当。すぐ出来るから」
待つこと数分。あっという間にしろはちゃんは大きなおにぎりをいくつも作っていた。
「美味しそう……。これは……きびだんごだね」
「違う……。おにぎりだから」
「じゃぁ。間をとってきびぎり」
「おにぎり」

「いざ鬼退治に出発!」
しろはちゃんの家を後にして、私達は意気揚々と港に向かう。
「そう言えば、いつものスーツケースは? うちに置いてきたの?」
「このでっかいのに入ってるよ」
「え。え。スーツケースの中にスーツケース入れてるの??」
「そだよ」
「変なの」
「確かにちょっと変だけど。このでっかいスーツケースももう少し堪能したいし、いつものスーツケースと離れるのも不安だし。そういう複雑な乙女心、分かるかな」
「分からない……」
「まぁまぁいいじゃないですか。それで、私が桃太郎として。しろはちゃんは……」
「私はなんでもないよ。ただの鳴瀬しろは」
「何かになろうよ。しろはちゃんは、雉かな」
「雉……?」
「犬のしろでもいいけど。あるいは猿のさるは」
「雉でいい」
「鴎と雉で、これまた、コンビっぽいですねぇ」
「久島さんは桃太郎じゃなかったの?」
「あはは」
「じゃぁ、あと二匹は……犬と猿はどうするの?」
「港に向かう途中で適当に拾おう」
「拾うって。いい加減すぎる……」
「と言ってたらちょうど、候補者を発見。やっほー」
手を振るとこちらに気付いた空門蒼ちゃんがやってくる。
「珍しい組み合わせじゃない。どこ行くの」
「実はね……」
蒼ちゃんに事情を説明した。
「へぇ、女木島に行くんだ。面白そうね」
「じゃぁ一緒に行こうよ」
「いいわよ。暇してたし」
「ありがとう。お礼にきびぎりを進呈するよ」
「き、きびぎり?」
「おにぎりのこと」
「しろはのおにぎりなら、間違い無いわね。貰っておくわ」
「じゃぁ犬か猿か、好きなほう選んで」
「は、はぁ? いや、どっちでもいいけど……。じゃぁ、犬で……」
「よし。あとは猿だけだね」
犬こと蒼ちゃんを仲間に引き入れ、私達は歩き出した。
「そう言えば浜辺で紬がふらふらしてたわね」
と、蒼ちゃん。
「それは暇そうで都合がいいね」
蒼ちゃんの言う通り浜辺にいくと紬ちゃんが砂浜に座り込んでいた。必死に何かを作っている。
「出来ました。スケール20分の1の灯台! むぎゅ。我ながら傑作です」
とてもうれしそうだった。
「紬ちゃん!」
「むぎゅ? 皆さんお揃いでどうしたんですか」
「あのねあのね。紬ちゃんにお願いがあるんだ。どうか、猿になって」
「うきーっ。って何をさせるんですか。恥ずかしいです」
「あのね、実は……」
紬ちゃんに事情を説明する。
「洞窟探検? いいですよ。面白そうです」
「じゃぁこれ、きびぎり」
「きびぎり?」
「もぐ……もぐ。美味しいです。でもなんかしゃりしゃりしてます」
「砂遊びしたままの手で食べてるからよ!」
「むぎゅーー! 砂が口に──」
「これでメンバーが揃ったね。このグループをウミネコ団、別働隊と名付けよう」
「桃太郎じゃなかったの」

「女木島の鬼ヶ島大洞窟かぁ。あたしも行ったことなかったなぁ。しろはは?」
「私もない……」
「近くだと思うと、案外行かないままなんだよねぇ」
話しているうちに、私達4人、港にたどりついた。
「よう、しろはちゃん」
漁師さんがこちらに手を振っている。
「女木島に行くんだろう。小鳩さんから聞いてるぜ。船を出してやってくれって」
「ありがとうございます。ではこのきびぎりをどうぞ」
「はは。ありがとよ。さぁ乗った乗った」
私達は10人ぐらい乗れそうなプレジャーボートに乗り込んでいく。
「そのスーツケース手伝おうか」
「大丈夫です。これ、とても軽いので。すごいぞ、徳田クオリティー」
「それ、徳田商店のやつなの?」
蒼ちゃんが面白そうにスーツケースを触っている。
「そうそう」
「全員乗ったか。早速出るぜ?」
「「はーい」」
「よーし鬼ヶ島に出発だぁ」
拳をつきあげる私に蒼ちゃんが静かに突っ込んだ。
「女木島ね」

船が白い波をたてながら青い海を突き進んでいくのを眺めていた。
こうして船に乗って広い海を進んで行くのが私は好きだった。
壮大な、冒険の始まりを予感させてくれる。
ご近所の島に行くだけなんだけどね。
……そうして10分ほどして、あっという間に女木島が見えてきた。
鳥白島よりは小さな島。そして島の真ん中にそびえる山に、鬼ヶ島大洞窟はある。

女木島の港につくと、すぐ向こうにバス停が見えた。
「あそこから乗るバスで、洞窟まで行けるはずだな」
と、船のおっちゃんが教えてくれる。
「あ、ちょうどバスがきていますよ」
紬ちゃんが指さす。
「急ごうか」
蒼ちゃんが走り出す。
「おじさんありがとう」
礼儀正しくお辞儀をするしろはちゃん。
「おうよ。帰りのバスにあわせて迎えに来るぜ」
「待ってください。バス乗りまーす」
駆け出す私達。運転手さんが笑顔で手を振ってくれる。
バスの中は同じように洞窟に向かうらしい観光客の人達が乗っていた。
中には私達と同じように、4人グループの子達もいた。彼らも桃太郎の一団か……?
私達が座り終えると、バスもおもむろに動き出した。
「あのグループ、どの人が桃太郎っていう設定なのかな……?」
「じろじろ見ないの。他の人もそれ目当てにきてるとは限らないし」
それもそっか。
バスは細い山道をゆっくりと登っているようだ。
くねくねした道に、身体が右に左に揺れる。
「それでこれから向かう洞窟はどういうところなんですか」
いきなり連れてこられた紬ちゃんはさすがにちょっと不安そうだ。
「その名も鬼ヶ島大洞窟だよ」
「鬼……大洞窟……。なんか怖そうですね……」
「人工的に作られた洞窟らしいよ」
パンフレットで得た情報だった。
「では、最近になって造られたんですか」
「いやいや、ずっと昔。紀元前100年とか書いてあったね」
「紀元前100年ってなにしてたころかしら」
首をひねる蒼ちゃん。私も考える。紀元前……
「恐竜?」
「あほな」
私の答えに、あきれ顔の蒼ちゃん。
「じゃぁいつなの」
「え、そ、それは……ほら、マンモスとか狩ってた……辺り……?」
蒼ちゃんもよく分かってないみたいだった。
「紀元前100年って、弥生時代とかだったと思うよ」
と、しろはちゃん。
「弥生時代!?」
私も蒼ちゃんも驚く。
「そんな時代にでっかい洞窟作ったってこと? 私、今作れって言われても無理だよ。私はいったい2000年も何をしてきたのか」
「いや、あんたが2000年生きてきたわけじゃないでしょう」
「時代によっては海賊の根城になっていたかもしれないんだって」
さらに豆知識を披露する、しろはちゃん。歴史に詳しいようだ。
「海賊がいたの?? じゃぁ、お宝が隠されてたりしないかな」
「観光地だから……そんなのあるわけないでしょう」
「ないかなぁ」
窓の外を流れる景色を見ながら、私は期待に胸をふくらませる。
知らない島。昔に造られた洞窟。
隠された秘密(私の妄想だけど)
わくわく、ふわふわしながら……
…………
……
「……ん?」
バスがゆっくりと速度を落とし、停車する。
到着したみたいだ。
「おおおお」
バスを降りるとそれは目の前にあった。
鬼ヶ島大洞窟が、ぽっかりと大きな口をあけていた。
「これが鬼ヶ島大洞窟……」
「け、けっこう雰囲気あるわね」
「よーし、突入っ」
「とっつにゅー」
私と紬ちゃんが早速洞窟に入っていく。
しろはちゃんと蒼ちゃんは、やれやれという顔でついてくる。

「わぁ。涼しい……」
しろはちゃんが不思議そうに洞窟の中を歩いていく。
外の熱気が嘘のように、洞窟の中はひんやりとしている。
「外暑かったから、助かりますね」
「思ってたより広いのね。もっと小さいの想像してたわ。これ、大昔に掘るってすごいわね。どうやったのかしら」
蒼ちゃんの言う通り、洞窟の中は予想していたよりずっと広々としていた。
そして涼しい。壁にペタペタ触るとひんやりとしている。
これを大昔の人はどうやって掘ったんだろう。……スコップ?
「そもそもなんで山の上に洞窟なんて掘ったのかしら」
「それはだから、鬼が時々山を下りて人を襲うためだよ」
うん、きっとそうだ。
「なるほど。鬼なら、手でこんな洞窟も掘れそうです。あ。見て下さい。あそこに何か立ってます」
「何かって?」
紬ちゃんが指さすほうには、薄暗がりの下、何かが立っていた。
「なんか、ツノがある……あれって……鬼……?」
「ぐおおおおおおお」
「むぎゅうううう! 出たあああああ」
飛び上がって驚く紬ちゃん。
「落ち着いて。鬼のオブジェよ」
「え、じゃぁさっきのうめき声は?」
「ぐおおおおおおおお」
低い声を出す私を、あきれ顔で紬ちゃんが見つめる。
「カモメさん……」
「ごめんごめん」
「置物とはいえ暗がりから現れるとびっくりするわね」
「でも、近くで見ると案外可愛いですね」
ごおおおお。
「!?」
鬼から聞こえた低い唸り声に、私達はびくりと静止する。
「い、いい加減にしなさい、鴎」
ジト目で私を振り返る蒼ちゃん。
「え、私じゃないよ」
「ええ。じゃぁ……今のは?」
……ごおおお。
謎の音は鬼から聞こえてくる。
「まさか、ほんとに鬼が……?」
私達は鬼さんを取り囲み、マジマジと観察する。
ごおおおおという、謎の音はやっぱりこの鬼さんから聞こえてくるみたい。
「鬼の後ろから聞こえるみたいだよ」
しろはちゃんが何かを見つけたようだ。
「後ろ?」
「鬼の後ろの壁にあいた穴から風が吹いている」
「なんだ。そういうことね。穴が風の通り道になっていると」
「この穴、けっこうおっきいですよ。通り抜けられそうです。わたしちょっと覗いてみます」
「紬?? やめたほうがいいんじゃない」
蒼ちゃんの静止を聞かず、紬ちゃんが上半身を穴の向こうに突き出す。
「すごい。穴の向こうも部屋になってるみたいです。向こうまで行けそうです。ちょっと行ってみます」
ずるずると紬ちゃんは穴をくぐり抜けて向こうに行ってしまった。
「ちょっと紬っ。危なくない?」
「大丈夫そうですよー」
「よーし私も行ってみよう」
私も紬ちゃんが通り抜けた穴の頭を突っ込んでいく。
「う……かなり窮屈、だよ。きつい……」
途中で上半身の一部が引っ掛かって……苦しい……
「大丈夫?」
「ちょっとつっかえて……むご、ほっと。ふぅ、なんとか抜けた……おお」
穴を抜けると、その先はさっきまでと同じように洞窟が続いていた。
でも、ここちゃんとした順路じゃないよね。
どこに続いてるんだろう。風が通り抜けてるということは、どこかに出口があると思うんだけど。
「しろはちゃんもこっち来てみて。すごいよ」
「ええ。……もう、しょうがないな。よいしょ……っと」
私に続いてしろはちゃんもやってきた。そして目を丸くしている。
「わ。ほんとだ。道が続いている」
「もう、しょうがないわね。ん……この穴、ぎりぎり……むご、ほっと……」
蒼ちゃんも私と同じようにつっかえながらも、なんとかやってきた。
「へー。ほんとだ。けっこう奧まで続いてそうね」
「ねぇねぇ、奥の方に行ってみちゃだめかな」
「それはダメだよ。ちゃんとした順路じゃないんだから。危ないよ」
と、しろはちゃん。
蒼ちゃんも首を振る。
「見つからないように鬼で塞いでたんじゃないの。確認したんだし、帰りましょう」
「うーん。しょうがない、か」
「むぎゅ、待ってください。さっき通って来た穴がありませんよ」
「え!? なんで」」
さきほど私達がくぐり抜けてきた穴がなくなっている。
「確かにその辺だったよね」
「無理に通り抜けたから、どこか崩れちゃったのかしら」
「そうですね。カモメさんとアオさんの2人のむごっほが、だいぶギリギリだったみたいですし」
「2人のむごっほって??」
しろはちゃんが首をかしげる。
「そもそもは羽依里が言ってたんだよ」
「あたしもつい声に出ちゃったんだけど。どういう意味なのかしら。むごっほ……」
「さぁ……」
むごっほとは一体……。私たちはそろって考えこむ。
「ま、まぁそれは帰ってあいつに聞いてみるとして。今はそんなこと考えている場合じゃないわね」
蒼ちゃんの言葉で私達は我に返る。
うみねこ団のリーダーとしてしっかりしないと。いや、今は桃太郎?
「そ、そうだね。あの穴は諦めて別のルート探そう。風が通り抜けてるということは、どこかに出口もあるはずだよ」
私達は歩き出す。

「おーい」
「誰かー」
……
「まいったなぁ」
10分ほど歩いたけど、もとの道に戻るルートは見つからない。
壁の向こうを歩いているかもしれない人達に声が届いている様子もなかった。
方向も分からない。一体この道はどこに繋がっているんだろう……
「むぎゅ!」
「どうしたの紬ちゃん」
「そこに、骨みたいなのが落ちてます……」
「骨!?」
「ほ、ほんとだ。なんか骨っぽいのが」
「動物の骨かな。コウモリとか?」
「コウモリにしては、でかい骨だと思うけど」
「骨と一緒に落ちてるのは何かな」
しろはちゃんが見つめる先には、さび付いた棒のようなものが転がっている。
「これって……武器じゃない」
確かに、さび付いていて真茶色だけど、それは剣みたいな形状をしていた。
「だいぶ古いものみたいだね」
「じゃぁ、昔この洞窟を使っていた誰かのもの?」
「ということはこの骨って……」
この武器を使っていた、誰かの……
「わああああ。私、さっき足先でちょんちょんってしちゃったよ。ごめんなさいごめんなさい」
「ここって、海賊が根城にしていたかもしれないっていう逸話もあったわよね」
「では、海賊のアジトにつながっているということでしょうか?」
「海賊のお宝があるかもしれないってこと??」
目を輝かせる私。
「それはない」
3人のツッコミが揃っていた。
「何にしても、進むしかないわよね」

……
さらに私達は進んで行く。出口は見えてこない。
この洞窟、一体どこまで続いているんだろう。
「──きゃぁ」
突然悲鳴とともに、私の前を歩いていたしろはちゃんの身体が沈む。
「しろはちゃん!?」
私は慌ててしろはちゃんの腕を掴んだ。
「よいっしょ。大丈夫?」
「あり……がと。歩いてたら、いきなり足場がなくなって」
「なにこれ、落とし穴?」
蒼ちゃんがしゃがみこんで、地面を調べている。
地面にはぽっかりと穴があいている。しろはちゃんはそこに落ちそうになったんだ。
「見て下さい。穴の底」
そこは人ひとりすっぽり入れそうな深さの落とし穴があった。ただの落とし穴じゃない。
「なんか、底の方、とんがったものがいっぱい突き出てます……」
私達はそろって、ごくりと唾を飲み込んだ。
「これって、つまり罠ってこと?」
「なんでこんなものが」
「決まってるよ。お宝に近づけないためだよ!」
私は胸を張って宣言する。
「またそんな……」
「でも一理あるわね。わざわざこんな罠を作るっていうことは、近づけたくない何かが奥にあるってことよ」
「そうだよね。そうだよね。──よし、お宝見つけるために、決まればしゅっぱー……」
「待って──。まだ罠があるかもしれないから慎重に行かないと!」
しろはちゃんが私に向かって叫ぶ。
「へ」
瞬間、踏み出した私の足場が崩れる。
「ひゃあああああああ」
私はそのまま穴に落ちていく。
穴の底には、謎のとげとげが待ち受ける。
「鴎ちゃん!」
しろはちゃんの叫び声。私はそのまま、串刺しに──。
……
「……いてて……」
「無事ですか??」
「なんとか……」
「無事みたいね。串刺しになったんじゃないの」
皆が穴を覗き込む。私は穴の中に座り込んでいた。
串刺しには、なっていない。
「そっか、これと一緒に落ちて下敷きになってくれたから」
とげとげの上に先に落ちたスーツケースが下敷きになってくれたおかげで、助かったようだ。
私はしろはちゃん達にひきあげてもらう。
「見て見て。このスーツケース、傷1つついてないよ。すごいよ徳田クオリティー」
「そう言えばいつも持ち歩いているスーツケースと違うわね」
「徳田商店ってところで中に隠れられるようなデカイの探してたら、貸してくれたんだ。かわりに徳田クオリティーの宣伝をしてくれっていう条件で」
「それでたまに、変なキーワードをつぶやいていたんですね」
「……そうなんだよ。実はだいぶ恥ずかしかったんだよ」
「でも良かったです。危なかったですね」
「それよりしろはちゃん」
「なに?」
「さっき、鴎ちゃんって呼んでくれたよね」
「!? ど、どうったかな……忘れた」
「呼んだよ、絶対」
「……忘れた」
しろはちゃんは怒ったようにずんずんと行ってしまう。その横顔はちょっと赤くなっている。
「あ、見て下さい。向こうに光が見えます」
「え、あ、ほんとだ」
洞窟の外につながっている?
私達は小走りに、光のほうへ。
「ここって……湖?」
「地底湖というやつかな」
それは洞窟の中から現れた、広い広い湖だった。
頭上の天井には隙間があって、そこから外からの光が差し込んでいる。
そうして地底湖は光を受けて、キラキラと輝いていた。
私達はしばし呆然とその光景を眺めていた。
「こんな時になんだけど、綺麗ね」
蒼ちゃんがつぶやく。私も頷く。
「そうだね」
「見てください、あそこに何か」
紬ちゃんが指さす。
広い湖の一角に、何か大きなものがあった。
「あれって……船?」
木で造られたボロボロの大きな船が、そこにはあった。
「もしかして海賊船……?」
しろはちゃんがつぶやく。
「海賊船? 違うよ。海賊船っていうのはガイコツの帆が張ってあって」
「そんな海賊、日本にいないでしょ」
と蒼ちゃん。
「あれは阿武船だよ。戦国時代に瀬戸内海で活躍した村上水軍とかが使っていた」
「しろはちゃん、なんか詳しいんだね」
「ちょ、ちょっと歴史を調べたりするだけで……別に詳しくは……」
「海賊には変わりないんだね。じゃぁ、お宝があるかも。いってみよー」
「えええ。ちょっと鴎、だからもっと慎重に」
「待ってください。誰かがでてきますよ」
「なにあれ。人?」
「でも、あの一体鎧着て……武器もってるわ」
そう。船から出てきた人達は時代劇で見るような甲冑をまとい、刀とか槍とか、武器を手にしている。
その表情は分からないけどどう見ても、歓迎されていない。
「ドラマの撮影……とかじゃななさそうね」
武器を構え迫り来る様子には、鬼気迫るものがある。
どう見てもドラマの撮影中に通りがかった通行人への対応ではない。
「あの、違います! 私達はただお宝をもらいにきただけで」
私は必死に弁解をする。
「何もちがくなくない!?」
「おおおおおおお」
「ほら、さらに怒ってるみたい」
「どうしましょう」
「と、とにかく逃げよう!」
私は叫んだ。
「わああああ」
私達は一目散に来た道を逃げ出した。
「──きゃぁ」
後ろで声がする。しろはちゃんが躓いて、こけたところだった。
「しろはちゃん!」
どうしよう。刀をもった人達はもう、すぐそこまで迫っている。
「私は桃太郎……スツ太郎……」
いや違う。
「私はうみねこ団隊長、鴎だ」
友達は。しろはちゃんは私が守る──
「スーツケース、アタアアアアアアアック」
スーツケースを押しながら、私は突撃する。
スーツケースはなぜか白く輝きながら、光を爆発させる。
すごいこんな機能があったなんて。
すごいよ、徳田クオリティー……
「どいて」
起き上がったしろはちゃんが進み出る。
「しろはちゃん?」
しろはちゃんが指てっぽうみたいな構えをしている。
「はぁぁぁぁあ」
その指先が光り出した。
「れいだああああああああああああん」
……す、すごいよ、しろはちゃんクオリティー……

「すごいよ、しろはちゃん。れいだんがうてたんだね!」
……
「ん、あれ?」
目を開ければ、しろはちゃんの顔がすぐそこに。
そして私は……椅子の上に座って……
ここは、バスの中?
ガタガタと座席が揺れている。窓の外では景色が流れていく。
まわりでは他の乗客の人達が談笑している。
「あれ? れいだんは?」
「れいだんって何ですか」
紬ちゃんが不思議そうに見ている。
「しろはちゃんの得意技……?」
「!? し、知らない。そんなの。何言ってるの……」
赤くなって顔をそむけるしろはちゃん。
私はまだ、何が起こったのか分からない。
どうしてバスに乗っているんだろう?
「……洞窟は?」
「今から行くんでしょ」
「今から? じゃぁ海賊船は……? 鬼は?」
「鬼ってなんですか?」
「だってだって。私達、洞窟で海賊船見つけて……」
「楽しい夢を見ていたようね。桃太郎さん」
「……そっか。……夢、だったんだ」
私はつぶやく。
そりゃそうか。ほっとしたような、残念なような。
「あ、もう着くみたいですよ」
「あれが……鬼ヶ島大洞窟」
「入り口を見る限り、けっこう大きそうね」
「あれを紀元前100年前に……すごいよ徳田クオリティー」
「徳田は関係ないでしょ」
「よーし! うみねこ団、別働隊出動」
「桃太郎とどっちなの」
「どっちでもよし!」
拳を突きつけ、スーツケースを引きながら洞窟へ歩き出す。
その入り口は、紀元前100年前に残された、歴史の足跡。
そしてきっと、冒険への入り口だ。
「しゅっぱーつ」


おわり
文章:新島夕