何かが流れ着きそうな浜辺で
「むぎゅ」
拾います。
「むぎゅ、むぎゅ」
拾います。拾います。
「むぎゅ、むぎゅ、むぎゅ」
拾います拾います拾います。
「むぎゅ~~~……」
飽きました。飽きてしまいました。
「どうしたの紬? そんな声を上げて」
「シズク、ハイリさん……わたしは気が付いてしまいました」
「なににだ?」
「ゴミ拾いというのは……全然楽しくないのではないか……ということにです」
わたしは今日も、ハイリさんとシズクと一緒に、日課となったゴミ拾いをしていました。
毎日毎日拾いますが、新しいゴミが流れ着いてきます。
ですが、たくさんあるわけではないのですぐに終わってしまいます。
たっせー感は少ないです。
「まあ、楽しんでやってる奴はあんまりいないだろうな」
「でも三人でやれば、つまらないことも楽しくなるわよ♪ ね、紬」
「げんかいがきました……三人でやっても、もう楽しくありません」
「そっか、限界か。まあ、毎日毎日拾ってりゃ、飽きもするよな」
「そです。それに……鳥白島では、あまりゴミが流れ着いてきません。面白いゴミもながれてきません」
「だな。みんなちゃんとしてるんだな」
「もっとゴミを捨てていただければ、やりがいもあるのですが……」
「元も子もなくなるな……」
ハイリさんが、困ったような顔で笑います。
「そうね……だったら、ビーチコーミングなんていうのはどうかしら?」
「なんだそれ?」
シズクの言った、ビーチコーミングというのは、ハイリさんも知らないようです。
「海に流れ着いたものを拾って、なぜこれがここにあるか……思いを馳せるの」
「むぎゅ! それはとても面白そうです!」
「そのついでに、ゴミもなくなって一石二鳥ね」
「とてもいい考えだと思います!」
さすがシズクです。いつも楽しいことをごてーあんしてくれます。
「……なあ、静久。それって今まで通り……ゴミ拾いなんじゃ?」
「ビーチコーミングよ♪」
「まあ、紬も納得してるみたいだし、いいか」
ハイリさんはそう言うと、新しくゴミ袋を広げました。
……むぎゅ?
ひょっとすると、ビーチコーミングというのは、ほんしつてきにはゴミ拾いなのでは?
「シズク、ビーチコーミングはもしかしてゴミひろ――」
「――面白いものが流れ着いてるといいわね♪」
「そですね!」
「それじゃあ、誰が一番面白いものが拾えるか、競争よ♪」
「むぎゅ! 負けませんよ~!」
そうしてわたしたちは、ビーチコーミングを始めるのでした。
しばらく、下を向きながら砂浜を歩いていると。
「むぎゅ!」
何かにぶつかってしまいました。
それは……
「紬、大きめのむぎゅが聞こえたけど、何か見つかったのか?」
ハイリさんがそう言いながら、こちらに向かってきます。そして近くに来ると。
「うぉ!? こ、これはちょっと予想外だな……」
その言葉を聞いてか、シズクもこちらにやってきます。
「何か面白いものでもあった――ええっ!?」
シズクも驚いています。
わたしの横にあるのは……いえ、横にいるのは。
「どうも」
スイカバーさん……シロハさんでした。
「……拾ったのか?」
「落ちてないから」
「え、えっと……こんにちは、鳴瀬さん」
「こんにちは」
この砂浜、灯台がある方にはあまり人が来ません。それに、シロハさんが来ることはとても珍しいです。
「シロハさん、どうしてこちらにいらしたんですか?」
「えっと……ちょっと探し物を」
「おー! わたしもやりたいことを探しているんです! 一緒ですね」
「探してるのは、そういうのじゃないから」
「むぎゅ、では一体なにをお探しに?」
「えっと……ちょっと恥ずかしいんだけど」
「待って……俺、男子校だから……女の子の恥ずかしいものとか、絶対照れる」
「わ、私もドキドキしてきたわ」
シズクは、胸に関しては大丈夫ですが、それ以外に関してはとてもじゅんじょーです。
「そ、そういうのじゃない。えっと……探してるのは」
「お探しのものは……」
「釣り竿……」
「釣り竿……ですか?」
シロハさん以外、わたしたちの頭に、ハテナマークが浮かびます。
「全然恥ずかしいものじゃないと思うぞ」
「そですね。恥ずかしくないものだと思います」
「経緯があるから」
わたしたち三人は、シロハさんの話を真剣に聞きます。
「たまたま、ジェット天秤を手に入れて……使ってみたくなった」
「ふむふむ」
「ロッドに対して、少し重めだったけど……どうしても試したくて、使ってみたら」
「使ってみたら」
「重さと勢いですっぽ抜けて、ロッドごと飛んで行った……」
「なるほど」
わたしもハイリさんも頷きます。ですが……
「よくわかりません」
「俺もだ」
「何で頷いたの……?」
シロハさんがけげんな表情をこちらに向けます。
「すごくよく飛ぶ仕掛けを軽めの竿でやってしまって、その勢いですっぽ抜けちゃったってことね」
「……そう!」
「そして、釣り竿に合わない仕掛けをして、失敗してしまったことが恥ずかしかったのね」
「そう……」
「よくわかるな」
「シズクは、はくがくですね」
「ありがとう。でも、そういう経験、誰しもあるでしょう?」
ハイリさんにも、シズクにも思い当たることがあるようで、ちょっとだけ困ったように笑っていました。
「それで、こっちの方によくものが流れてきてるって聞いて、探しに来た」
「それはちょうどよかったです。いま、ビーチコーミングをしているさいちゅーですので、そのついでに探しましょう」
「ありがとう。でも……ビーチコーミング……って?」
「砂浜に辿り着いたものを拾って、思いを馳せます……それがビーチコーミングです」
「ゴミ拾いとは違うの?」
「むぎゅ? ゴミ拾いとは違いますよねー、シズク」
「ゴミ拾いよ♪」
「ゴミ拾いなんですか!?」
「とりあえず、竿が流される前に探そう」
「そですね。がんばりましょー!」
「あ、ありがとう」
そうしてわたしたちは、シロハさんの釣り竿を探すために、ビーチコーミングをすることになりました。
「これ……すごい昔のパッケージ」
シロハさんが、打ち上げられたゴミの中から、パッケージを拾い上げました。
「おー! スイカバーのパッケージですね」
「この頃には、カバの絵が描かれていないのね」
「すごいきちょーなものですね。シロハさん……こちらは差し上げますので、お家で飾ってください」
「え……」
「いや、しろはは中身が好きで、こういうのを集めてるわけじゃないと思うぞ」
「そうね。パリングルスのパッケージばかり集めてる紬は、ちょっと変わってるのよ」
「そですか……」
きちょーなものだと思ったんですが。
「も、持って帰るから。……額とかに入れておくから」
「むぎゅ! ホントですか?」
「しろは……案外空気読むんだな」
「読んでないし、欲しいからもらうだけだし」
「ありがとうね。鳴瀬さん」
「そういうのじゃないから」
そうを言いながら、シロハさんはスイカバーのパッケージを受け取ってくれました。
そんな感じで、わたしたちはひょーりゅーぶつを、見ていきます。
近くで捨てられたであろう、新しいゴミ。
別の海から流れてきたであろう、見たこともないもの。
様々なものが、この砂浜には流れ着いてきます。
「……!? な、なんか、すごいのがある」
「何か見つけましたか、シロハさん」
シロハさんの指さす方に行ってみると。
「むぎゅ!? ひとの……からだに見えます」
「そうね。でもなんか、ペラペラしてるわ」
「これは……Tシャツじゃないか」
「あ……言われてみれば、そんな感じかも」
わたしはそれに近寄って広げてみます。
するとやはり、それはTシャツの形をしており、男の人の裸のようなプリントがされていました。
「なにこれ……?」
「ユニークなTシャツね」
「これを着たら、ハイリさんが裸になっているように見えますね」
「なんで俺限定……」
「男の人はハイリさんだけですから、これを着られるのはハイリさんだけです」
「私だって着られるわ。面白そうだから着てみましょうか?」
「やめて……男の身体だとしても、裸に見えるから、たぶんものすごく照れる」
「こんなの……どこから流れてきたんだろ?」
シロハさんもわたしたちも、そんなことを疑問に思っていると。
「うおー! あったあった! こんなとこまで飛ばされてたのかよ!」
どなたかが、わたしたちの方に向かって走ってきます。
「ん、良一か?」
「三谷くん、どうしたの?」
「いやーどうもっす! おお!? しろはもいるって珍しいな」
「ちょっと色々あって……」
「私の探し物があって、それに協力してもらっているの」
「…………」
ホントは、シロハさんの探し物を手伝っていますが『恥ずかしい』と言っていたので、それをごまかすためにシズクは嘘をついたのでしょう。
「そうなんすね。水織先輩が探し物を――ああ、それより!」
ミタニさんはシロハさんの広げているTシャツを指さしました。
「おおお! 無事みたいだな裸Tシャツ! ……はぁ~、よかったぜ。これ結構したんだよな」
「このおもしろTシャツがか?」
「お前、わかってねーな。このシャツのすばらしさが!」
「なんだよ……」
「これを着ることによって、俺は着てても裸でいられるんだぜ?」
ミタニさんは、ことあるごとに裸になりたがる不思議な人です。
今はもう慣れましたが、初めはすごく怖かったです。
「なに言ってんだ、お前」
「じゃあもう一回言うぜ。これを着てれば、俺は服を着てても俺は裸でいられるんだぜ!」
「なに言ってるかわかる?」
「ちょっとよくわからない……」
「私も……少し不勉強でごめんなさい」
「わたしもです」
「いーっすよ、いーっすよ。まあ説明すると……」
ミタニさんは、そのシャツに着替えました。
「着てるのに、裸……そういうわけです」
「説明が増えてない」
「だから何なんなの……?」
「理解してあげられなくてごめんね」
三人とも、ミタニさんの言いたいことがわからないようです。
わたしもわからないので、きっとミタニさん以外、どうすごいのかわからないのだと思います。
「いやいやいや、俺は……裸になっては、のみきに撃たれてるだろ?」
「ああ、そうだな」
「でもこいつを着てりゃ、服を着てるのに裸だ。言い換えりゃ、裸だけど服を着てる訳だ」
「ああ」
「これなら撃たれねーだろ?」
「「「「…………」」」」
わたしたちは考えます。
なにがどう……と聞かれれば、答えはまだわかりませんが……たぶん、間違っています。
ミタニさんは、すごく間違っています。ミタニさんの裸は、すごくおかしいです。
「お前は、裸になりたいのか、それとも裸だと思われたいのか……どっちだ?」
「は? いや、なに言ってんだお前?」
「それはたぶん……こっちのセリフ」
「おいおいおい、しろはまで……そりゃえっと……裸で……」
「三谷くん……あなたは、裸でいるように見えて、服を着ているということになるのよ?」
「え……? いや、でも……これは、裸で……ほらほら、裸じゃないっすか~」
「それは……見せかけの裸じゃない?」
「見せかけの……裸?」
「裸って、何も纏わないことだろ? 全てをさらけ出すことだろ?」
「確かに……それを着てても、恥ずかしくないと思う。……別の意味で恥ずかしいけど」
「そうね。何もさらけ出さない……恥ずかしさを人に見せない。三谷くん……その裸は……三谷くんの裸は……偽物の裸よ」
「にせ……ものの……はだか?」
ミタニさんは、膝から崩れ落ちます。
「あ……あああ! 俺は……俺は……! なんてことを! 裸に失礼だ! 裸に恥ずかしい! 裸に申し訳ない! 俺は……失礼な裸をお前らに見せちまった!」
「……裸の時点で、失礼だと思う」
しろはさんが、呆れた顔でそう言います。
けれど、泣きじゃくるミタニさんに、その声は届いていないようです。
しばらくすると、ミタニさんはそのTシャツを脱ぎ捨てました。
「俺にこのTシャツは不要だ。捨てちまってくれ」
「ゴミを増やすな」
「俺はもう一度、裸一貫で、裸道をやり直すぜ」
「はだかみちって……なに?」
「わかりません」
「裸で始まり、裸の道を究めるって……ちょっと哲学的ね」
ミタニさんは晴れ晴れとした顔で、わたしたちに背中を向けました。
「俺が本物の裸になった時……またこのメンバーに、俺の裸を見てもらってもいいか?」
「「見たくないから」」
ハイリさんとシロハさんの声が重なりました。
「ははっ! 照れんなって、じゃあまたな!」
そう言ってミタニさんは裸の背中をわたしたちに見せたまま、この砂浜を出ていき。
『そこの裸! 砂浜以外での裸は禁止だ!』
「あぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーー!」
ものすごい勢いで撃たれていました。
それから、わたしたちは探し物を続けます。
わたしとシロハさん。ハイリさんとシズクのチームに分かれ、釣り竿を見つけようとします。
「このパリングルスの空き容器……見たことない」
「むぎゅ? どれですか?」
「この金色の……わたあめさんの髪の色みたい」
「おー! ホタテバターしょうゆ味、ですか」
「金色の要素、あんまりない気がするけど……」
そうして、パリングルスの新しい色が発見されたときでした。
「む……この辺りにある気がする! この辺りまで流されてきた気がするぞ!」
わたしとシロハさんは、声のする方に目を向けました。
「むぎゅ、カノーさんです!」
「ん? 紬にしろはか。奇遇だな」
「何してるの?」
「なに、探し物をしていてな。こっちの方にないかと探しに来たわけだ」
「何を探しているんですか?」
「ん……その……なんだ、ラケットだ。俺が命よりも大切にしているラケットを失くしてしまったのだ」
「それは大変です。どんな色をしていますか?」
「それはそれとして、水織先輩はどこにいる?」
命よりも大切なはずなのですが、その話はすぐに変わってしまいました。
「シズクは、あちらでハイリさんと探し物をしています」
「なに!? ふ、二人っきりでか?」
「わたしたち4人とです」
「今は二人っきりなのだろう? どっちの方向だ? その辺りを探させてもらう」
「ご案内しましょうか?」
「頼む」
こうしてわたしとシロハさんは、カノーさんを連れて、シズクたちのところへと移動しました。
少し歩くと。
「み、水織先輩、ごきげんうるわしゅーございます!」
「あら、加納くん、珍しいわねこんなところに来るなんて」
「だな。何かあったのか?」
「み、水織先輩がお困りだと……裸から聞きまして、お手伝いに」
「そうだったの、ありがとう」
「れ、礼には及びません! 困っている人を助けるのは……当たり前のことですから!」
「さっき、命より大切なラケットを失くしたって言ってました」
「そ、それは……!」
「言ってた」
カノーさんは、しまった……という顔をして、震え出しました。
「えっと、ラケットを探すついでに、探し物も手伝ってくれるってことか?」
「う、うむ……まあ、そういうことだ」
カノーさんは満足そうに何度も頷きました。
そうしてわたしたちは、5人で探すことになりました。
それにしても……
「カノーさん、命よりも大切なラケットを、どうしてなくしてしまったんですか?」
「それはだな……」
カノーさんはラケットを取り出します。
「あるじゃねーか」
「こ、これは予備だ。命よりはだいぶ劣るラケットだ」
「いつも見てるのに似てる気がするけど」
わたしにはその違いが判りません。ただ、そのラケットをカノーさんは振り出しました。
「俺は……こうしてラケットを振っていたのだ。すると、汗で滑りすっぽ抜けてしまったのだ」
「すごい! 毎日そんなに素振りをしているのね」
「な、なぁに、これくらいの動きは準備運動……本気を出せばこのくらい――」
と、カノーさんが言った時でした。
「――ふっ、ぐおぉぉぉぉ!?」
カノーさんのラケットが、手を滑り海の方へと飛んでいきました。
「うおぉぉぉぉぉぉ!? 命よりも大切なラケットがぁぁぁぁぁ!」
「やっぱりあれ、そうだったのか」
「な、流されちゃうわ。早くとりに行かないと」
「あ……ラケットの近くに浮いてるのって」
カノーさん、シズク。シロハさんは、海の方へと向かっていきます。
わたしとハイリさんだけおいて行かれました。
「あの……ハイリさん」
「ん? どうした?」
「どしてカノーさんは、嘘をついてたんですか?」
「ああ、静久にいいとこを見せたかったんだろう。それで、命より大切なラケットを探してるって言えば、自然と一緒に探し物が出来るからな」
「むぎゅ? どういうことです?」
「まあ、男ってそういうものなんだよ」
「そういうものなんですね」
よくわかりませんが、男の人というのは、なんだか大変そうです。
そして、わたしたちもシロハさんたちの方に向かってみると。
「あ、紬! あったわ、加納くんが投げちゃったラケットの近くに、釣り竿が浮かんでるの」
「むぎゅ! でしたら、とってきましょう」
「あ……でも、沖の方にあるから危ない。あの竿はもうあきらめるから……」
シロハさんは少し悲しそうな顔をしていました。
諦めると言っていますが、やはりあれはお気に入りのものなのでしょう。
「あの距離だったら泳げるし、俺がとってくるよ」
「いいの?」
「ああ任せとけ。水泳部だったし、まあいけるよ」
「羽依里くん、かっこいいわ」
「俺も行きます」
「何でだよ」
「鷹原……俺も、水織先輩にかっこいいと言われたい! 言われたいんだ!」
「お前は自分のラケットをとってきた方がいいんじゃないか?」
「新しいのを買うから大丈夫だ」
命より大切だと言っていましたが、そうではないようです。
「ではこうしよう。俺が両方とってくる」
「両手に荷物持ったら泳げないだろ」
「俺はラケットを手の一部だと考えている」
「あんまり水中をなめない方がいいぞ……それに着衣水泳は難しい」
ハイリさんは真剣な目で加納さんを見ています。
「わかった……お前がそこまで言うんだ。ここの役目はお前に譲る……いけ! 鷹原羽依里!」
「お、おお……」
ハイリさんが海の中に入っていきます。
そして、釣り竿を手にすると、びしょびしょになりながら戻ってきました。
「ほら、今度は失くすなよ」
「あ、ありがとう……」
ハイリさんが釣竿を手渡すと、シロハさんは照れたような笑顔を見せました。
あんまり見たことのない表情で、わたしも『かわいい』なんて思ってしまいました。
「あ、あの……」
シロハさんがこちらに向き直ります。
「探してくれたお礼に……今から魚を釣って、みんなにごちそうする」
「いいんですか?」
「それは嬉しいわ」
「なんか悪いな」
「ただ、まずめの時間は終わってるから、今からだと釣れるかわからないけど……」
「まずめとはなんですか?」
「朝夕の日の出・日の入り近くの時間帯ね。水温が変わるから水の入れ替えが起きて、魚が活性化するの」
「シズクははくがくですね」
「そうそう、鳴瀬さん。今日のビーチコーミングで釣り道具をいくつか拾ったの。よかったら、教えてもらえない?」
「おー! それはいいですね。みんなで頑張れば、何匹か釣れるんじゃないでしょうか?」
「うん、いいよ。仕掛けとかも……わけるから」
「じゃあ、しろはがいつも釣ってるところに移動するか」
「わかった、案内する」
そうして、シロハさんは釣り場の方へと向かい、シズクもそれについていきます。
わたしとハイリさんもそれに続こうと思ったのですが……
「鷹原……」
「どうした、天善?」
「俺のラケットは、いつ渡してくれるのだろうか?」
「え? 俺、とってきてないぞ? 両手に何か持ってたら泳げないって、さっき言っただろ?」
「な! ついでに取ってきてくれるものだと思っていたのだが!」
「無理だろ! っていうか、ずいぶん流されてないか!?」
「なっ!? どこだ! どこにある! あそこか!」
カノーさんは、もう見えなくなりそうなラケットに向かい、海に飛び込みました。
「うぉぉぉぉぉ! ラケットオォォォォ! 命よりも大切なラケットォォォォォ!」
「…………」
海の中だというのに、カノーさんはものすごく元気です。
「俺達は釣りに行くか」
「そですね」
命よりも大切なラケットを追いかけ、カノーさんは沖の方まで泳いでいきました。
わたしたちは、シロハさんの釣り場まで案内してもらい、集めた釣り道具を簡単に修理しました。
「仕掛けはこれで大丈夫」
「ありがとうございます」
「何が釣れるのかしら?」
「この仕掛けと今の時期なら、イワシとか……」
「そですか。たくさん釣れるといいですねー」
「サビキだし、イワシは回遊してるから釣れるときには沢山釣れる」
「楽しみです」
そうしてわたしたちは釣りを始めました。
近くの海を船が通り、その波がこちら側まで届きます。
遠くの方の島には雨雲がかかっていて、時々それが光って、雷がはっせーしているのがわかります。
ネコさんがやってきて、わたしたちの釣果を楽しみにしているようです。
なんというか……
「のどかですねー」
「そうだね」
「そうねー」
釣れなくても、今までは見えなかった色々なものが見えてきて、これはこれでとても楽しいです。
やりたいこと探し……もしかしたら、釣りなのでは……なんて考えてしまいます。
ですが……
「うわっ! また釣れた! なんだこれ?」
「アオリイカ……!」
「一番下にも何かいるぞ?」
「イカと一緒にカレイも釣ってる!? どうやったらこんなことできるの!?」
シロハさんが困惑しています。それだけ珍しい状況なのでしょう。
「むぎゅ~」
「うぅ~~~」
ハイリさんだけ、なぜかたくさん釣っていて、わたしたちは何も釣れません。
「ハイリさんずるいです……」
「ずるいって言われても……どう思う、しろは」
「ずるいと思う」
「ええ」
「そうね、ずるいわね」
「シズクまで……」
「何かヒミツがあったりするんでしょうか?」
「あ、あ~……」
ハイリさんは思い出したようにあごに手を当て、考え出しました。
「嘘か本当かわからないけど、俺からは魚やザリガニが好むような匂いが出てるとか」
「ホントですか?」
「いや、俺にも本当かわらない」
ホントだったらすごいです。
「怖いわ……ハイリくん、さっきよく海に入ったわね?」
「怖い? それに、別に海に入るくらい何とも……」
「そんな匂いが出てるんなら、海に入った瞬間……いろんな魚が寄ってきて、食べられたりするんじゃない?」
「え……た、確かに……今になって怖くなってきた!」
そーぞーすると、すごく怖いです。
でも、魚が寄ってくる匂いとは、どんな感じなのでしょう?
「ちょっと嗅いでみますね」
「私も嗅ぐわ」
「どんな匂いになれば釣れる……?」
わたしと、シズクとシロハさんで、ハイリさんを嗅ぎます。
「すんすん」
「くんくん」
「すぅ~~~」
「いや……あの……照れるからやめて。男子校じゃなくても、これは恥ずかしいから」
わたしたちを避けるように、からだをクネクネさせているハイリさん……ですが。
「ちょっと待て! 紬の竿、アタリが来てないか?」
「むぎゅ!? ホ、ホントです! ちょっとずつ引っ張られています!」
わたしたちは急いで竿の方に行き、それを掴みます。
「わたあめさん、もう少しゆっくり巻いた方がいい」
「わ、わかりました……」
そうして、しばらくすると魚の影が見えてきました。
「あんまり見たことのない魚影……なんだろう? でも、色は赤いし」
そうして近くまで引き寄せ、わたしがそれを釣りあげると。
「……ラケット? 加納くんのかしら」
「むぎゅ? 魚じゃありませんでした」
「ぷっ……ふふっ……ふふふ」
「これは、釣れたということにしてもいいんでしょうか?」
「さすがにこれは、釣ったとは違うんじゃないのか?」
「そですか……むぎゅ~」
結局その後も、魚を釣ることはできませんでした。
カノーさんにラケットを届け、感謝され。その後はハイリさんの釣った魚を、シロハさんに調理してもらいました。
とても、美味しかったです。
それから――
「……釣れますか?」
「ぼちぼちです……」
「そですか。では、わたしも……」
――あの日以来、わたしは時々シロハさんのところに行き、釣りを教えてもらうようになりました。
ハイリさんに比べると、あまり釣れませんが。
でも。
「今日は、駄菓子屋さんに色々入荷する日らしいですよ?」
「スイカバー、あるかな?」
「種が多いものが入荷されるそうです」
「そうなんだ……それはいいね」
釣れなくても、この時間を……この島の空気を、のんびりと味わえる時間です。
明日も、明後日も、秋も、冬も、春も、次の夏も……ずっとずっと……
こんな日が、いつまでも続いたらいいのに。
そんなことを想うのでした。
おわり
文章:ハサマ